仕事を丸投げしてしまうことに関して

仕事の丸投げ

 以前ツイートして結構反応のあったものです。

 こう書いたものの、同時に丸投げする人だけ責めても仕方がないところはあるとも思っています特にソフトが弱い製造業の大きな会社だと、ソフト開発を製造・作業と捉えているので基本的に「社員はコード書くな」というカルチャーだったりすると風の噂に聞きました(少し柔らかい表現を心がけています)。

 丸投げ体質というのは、何もソフトウェアに限ったことでもないです。私の最初のキャリアはハード屋だったのですが、回路設計を外に丸投げで、回路の読めないハード屋がたくさんいるというまことしやかな噂を聞きました(差し障りがあるかもしれないので、ぼかした表現をしています)。まだ若かったので「こんなクソみたいな仕事やってられない(実際はもう少しマイルドな表現)」と上司に言って仕事を変えてもらいました(という夢を見ました)。

丸投げ化とどう向き合うか

 こういう話は、色々な会社で起こっているとも聞きます。技術の空洞化、大企業病。このままじゃダメだと何年も前から言われているようです。何年も経ってどうなったのでしょうね。今後はどうなるのでしょうか。どこかで破滅が来るのかもしれないし、このままずっとダラダラいってしまうのかもしれません。構造的な問題もあると思いますし、それが終身雇用の幻想の崩壊という形になって現れているのだと思います。

 確かなことは、人はすぐ環境に慣れてしまうということです。それが普通になってきますし、多分その方が幸せなのでしょう(多数派なので)。丸投げでも、投げた先が優秀ならうまくいってしまうかもしれません。

 そういう自分自身も丸投げして、色々うまくいかなくて人のせいばかりにしていたこともあります。でもある日どうにもいかなくなって、ようやく「これ、自分で覚悟決めてやらないときっとダメだな」と気づきました。うまくいかないとき、丸投げだと原因が分からないし、自分の中に積み重なっていくものもないし、何より自分がつまらないんですよね。

 もちろん環境次第では、丸投げし続けるしかない場合もあるでしょう。そのときは結局自分を変えるか、環境を変えるかするしかないのかなと思っています。

まとめ

 今回の話、とりあえず言いたいのは、全部フィクションということにして欲しいということです。

 その上で、このフィクションから何かしらみなさんに伝わるものがあれば幸いです。もし仕事で何かしら違和感を感じて、その違和感がずっと拭えないなら、その感覚は大事にした方が良いと個人的には思います。人は良くも悪くもすぐ慣れてしまうものなので。

関連記事