自分が好きなエディタ、VimもVS Codeも最近だとObsidianも、いずれも拡張機能(プラグイン)が豊富なソフトウェアがほとんどということに気づきました。
昔は、プラグインあると、人気のプラグインや気になるプラグインをとにかく追加して、便利になった気がして満足していました。でも、そういった機能で効率化できたかというと疑問だったりします。冷静に考えると、便利になって削減できた時間よりプラグインをセットアップする時間、無駄な機能に費やした時間の方が遥かに多いので、むしろ効率は悪化している気がします。
もちろん、そういった効率化する行為自体を高尚な趣味として楽しむ方向性もあるのですが、それとは別に思うのが、プラグインの本当の価値は、機能の拡張・追加ではないのではないかということです。

どういうか上の図で説明すると、プラグインの価値は、どんどん機能を追加できることではなく、プラグインが何もない素の状態、すなわち上の図のコアの部分を小さく、軽く保つことができるというのが本当の価値ではないかと思うのです。
プラグインアーキテクチャの本質
すべての機能をコアに組み込んでしまうと、ソフトウェアは必然的に重くなります。起動時間が長くなって、メモリ使用量も増えます。またソフト自体も複雑になってメンテナンス性も悪くなります。
全ての人の要望を受け入れていた結果、複雑に重くなって身動き取れなくなったソフト…あるあるですね。プラグインを用いることで、コアを小さく保ったまま機能を追加することができます。
もちろん、プラグイン機能の仕組み自体の開発、機能チェックの手間の増加などのデメリットはありますが、コア部分を小さく軽く保つというのは、特に頻繁に使うエディタのようなソフトにとっては、それ以上のメリットがあるなと思います。
プラグイン無しで使うのがプラグインあるソフトの一番の贅沢な使い方
何が言いたいかというと、プラグインがあると、ついついたくさん機能を追加したくなっちゃいますが、実は機能を追加しないほど理想的であり、ある意味贅沢な使い方ではないかということです。
実際、VimもVS Codeも、使い出した当初はひたすら便利なプラグインや面白プラグインを探して追加していましたが、何度かPCやOSを入れ直して、ソフトを入れ直すにつれて、だんだん使う機能もプラグインも厳選されていき、最後は素のコアむき出しの状態に近くなるということです。
私自身、昔は大量にプラグインを入れていたVimも、今は1つもプラグイン入れてないですし、VS Codeも自主的に意識して追加しているプラグインは、10個もないと思います。最近ハマっているObsidianも、使っているプラグインの数は今の時点だと3つだったりしますが、それで十分だったりします。
まとめ
プラグインの真の価値について、最近思うことを書いてみました。使う側も、開発側もついつい安易に機能を増やしてしまいますが、機能増やさないこと自体にも価値があるのではないかという話しです。
とはいえ、機能を増やす誘惑とか圧力に耐え続けるのは難しいので、そういった要望に対するソリューションとして(ある意味妥協として)存在するのが、プラグインという存在何じゃないかと思ったりします。
というわけで、みなさまもプラグインがあるソフト、プラグインをたくさんいれるのももちろんよいのですが、あえてプラグインを全く入れないという贅沢を享受してみるのもなかなかおつですよ、というオススメでした。