ずっと読みたかった『横井軍平ゲーム館』を読みました
横井軍平さんの『横井軍平ゲーム館 ―「世界の任天堂」を築いた発想力』を読みました。
この本、実はかなり昔から読みたかった本です。一時期はプレミアがついて数万円になっていて、さすがに手が出ませんでした。2018年に横井軍平さんの記事を書いたときも、図書館で見つけた別の伝記を読んでいました。
その後、ちくま文庫から復刊されて手頃な価格で買えるようになっていたことを、ナル先生の投稿で知りました。見た瞬間、電光石火で購入。電子書籍は見当たらなかったので、久しぶりに紙の本を買いました。
「横井軍平 ゲーム館」はオススメです。成り上がりストーリーがヤバい https://t.co/ZuGZt7O1Zu
— Null-Codex (@GOROman) 2026年7月5日
横井軍平さんは、ウルトラハンド、ゲーム&ウオッチ、ゲームボーイなどを生み出し、花札の会社だった任天堂が世界的なゲーム会社へ変わっていく時代を支えた開発者です。本書は横井さんへのインタビューをもとに、数々の製品が生まれた経緯と、その背後にあった考え方をたどる内容になっています。
暇つぶしで作ったものが任天堂を変えた
特に面白く有名なのは、ウルトラハンド誕生のエピソードです。
横井さんは任天堂に入社後、設備の保守を担当していました。時間に余裕があったため、伸び縮みする手のようなおもちゃを作って遊んでいたところを、社長の山内溥さんに見つかります。
普通なら「仕事中に何をやっているんだ」と怒られて終わりそうな場面です。ところが山内さんは、それを面白がって商品化を命じました。これがヒット商品「ウルトラハンド」につながり、横井さんは次々と新しい玩具を作ることになります。
横井さんの発想力はもちろん凄いのですが、それを見つけて「商品にしろ」と言える山内さんも凄いですね。面白いものを作る人だけでなく、まだ形になっていない才能を見つけて、自由にやらせる人がいた。今の任天堂につながる物語は、この組み合わせから始まったのだと思いました。
「枯れた技術」は古い技術ではない
横井軍平さんといえば、やはり「枯れた技術の水平思考」です。
ここでいう「枯れた技術」は、役に立たなくなった古い技術ではなく、広く普及して、安く、安定して使えるようになった技術を指します。それを性能競争の方向へ伸ばすのではなく、別の用途へずらして新しい価値を作る。それが「水平思考」と私は理解しています。
代表例が、電卓に使われていた液晶です。すでに大量生産され、価格もこなれていた液晶を、計算結果の表示ではなく遊びに使うサラリーマンを駅でみかけたことから、ゲーム&ウオッチの発想が生まれたそうです。これが、ゲームボーイへとつながっていきます。
単に安い部品を使ったという話ではありません。画面の美しさや処理性能を競うのではなく、「そもそもゲームの面白さとは何か」を考え、制約の中で遊びを作り込んだところが重要なのだと思います。
私は以前の記事で、この考え方はニーズとシーズのギャップを埋める方法なのではないかと書きました。今回、本書を読んでみて、その考えは大きく外れていなかったように感じました。同時に、技術の使い方だけでなく、競争する場所そのものをずらす考え方なのだとも思いました。
AI時代にこそ「枯れた技術の水平思考」が効く
最近、私は小型ロボットアームをAIで動かす実験をしています。外出中もAIに開発を任せていたら、帰宅したときにロボットアームが机をガンガン叩いていて、AIの反乱みたいな光景になっていました。幸い壊れたり怪我をしたりはしませんでしたが、フィジカルAIの難しさを身をもって感じました。
AIの世界にいると、どうしても最新モデル、最大の計算資源、最先端の手法へ目が向きます。ただ、実際にものを作ろうとすると、それだけではうまくいきません。十分に理解されているセンサー、単純な幾何計算、昔ながらの制御、物理的なストッパーのようなものをうまく組み合わせた方が、安く安全で面白いものを作れることもあります。
「枯れた技術の水平思考」は、最先端技術を否定する考え方ではないと思います。最先端であること自体を目的にせず、作りたい価値に対して技術を選ぶ。性能競争から一歩降りて、別の方向へ発想を飛ばす。その姿勢は、変化の速いAI時代にこそ役立つ気がします。
技術だけでなく、人の見方を変える本
本書を読んで印象に残ったのは、横井軍平さん個人の天才性だけではありませんでした。
仕事中の遊びから生まれたウルトラハンドを商品にした山内さん。横井さんと宮本茂さんを組ませたことで生まれたゲーム。技術やアイデアだけでなく、人の組み合わせや、任せ方によって新しいものが生まれていく様子も面白いです。
AIが過去の成功例を学び、それらしい企画を大量に出せるようになっても、まだ実績のない人の妙な工作を見て「これは面白いから商品にしよう」と決断するのは、簡単ではないでしょう。新しいものを生むには、作る力だけでなく、面白さを面白がる力も必要なのだと思いました。
まとめ
『横井軍平ゲーム館』は、任天堂の歴史や懐かしいゲームの開発秘話を楽しめる本です。それと同時に、ものづくりで何を大切にするか、技術とどう付き合うかを考えさせられる本でもありました。
2018年に横井軍平さんの記事を書いたときから、ずっと読みたかった本をようやく読めました。あのとき考えた「枯れた技術の水平思考」が、AIやロボットを触っている今の自分にもつながっているのが面白いですね。
最新技術を追いかけるのに少し疲れたエンジニアや、制約の多い中でも面白いものを作りたい人には、特におすすめしたい一冊です。私も身の回りの枯れた技術を眺めながら、競争のないところに電波なものを作っていきたいと思います。
この本について、ポッドキャスト「からあげ帝国放送局」でも話しています。散歩しながら話しているので、本記事より生々しい感想を聞きたい方はこちらもどうぞ。
