出版業界のソフトウェア化と出版社の未来

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はじめに

 前回、以下のように書籍のデジタル化に関しての話をしましたが、今回は出版業界のソフトウェア化の話をしたいなと思います。

 最初に断っておきますが、私は特に出版業界に詳しくないですし、出版社に対して特に恩義も恨みもないフラットな立場です。

 最近、同時多発的に色々な方面から出版社への不満や危機を指摘する話をよく聞くので、それらを整理して自分なりの業界予想的なものをまとめてみたという形です。特に「出版社はこうすべき!」という熱い思いがあるわけでは無くて「まぁ、このままいけばこういう方向かな?」と私が感じた傾向を書いているだけの内容となります。

出版社の不満や危機を指摘する話

GOROmanさんのマッハ新書のムーブメント

 今回の記事書くきっかけになったのは、GOROmanさんのマッハ新書です。詳細はねとらぼさんの以下記事参照下さい。

 私も第一弾の「全ての出版社は多分潰れる」というロックなタイトルの書籍を買いました。「12時間で書く」とか「誤字が多い」とか「校正がちゃんとされてないのに価格とって酷い」といったところが変にフォーカスされているようですが、マッハ新書の重要な点は、GOROmanさん自身がおっしゃっているように、ソフトウェアの開発プロセスを書籍の執筆に取り入れたというところと、それによって1つのムーブメントが起きたということなのじゃないのかなと個人的には思っています。

 マッハ新書に関するTwitter上での議論は以下にありますが、重要な指摘と本質を捉えてない(と私が思う)指摘がごちゃまぜの印象です。

 まあ、当の本人はマッハで飽きていますw

 マッハ新書は、マッハストレスフリーZXに改名したらしいですが、マッハ新書ってネーミングは個人的には絶妙だったと思っています。

森博嗣先生の出版社への指摘

 自分が知る限り、作家でありながら最も早く出版社に対して危機を指摘したり苦言を呈していたのは森博嗣先生だったと思います。2010年に出版された「小説家という職業」で、出版社に対してかなり辛辣な指摘をしています。これを8年も前に紙で出版するという森博嗣先生も凄いですが、逆に言えばもう2010年頃から出版社の力が弱まっているということかもしれません。もっと出版社が強い時代だったら、この内容は絶対紙の書籍にはならなかったでしょう。

小説家という職業 (集英社新書)

小説家という職業 (集英社新書)

 森先生は、出版社に関しては、他にも「作家の収支」や「読書の価値」といった本でも触れています。

作家の収支 (幻冬舎新書)

作家の収支 (幻冬舎新書)

読書の価値 (NHK出版新書)

読書の価値 (NHK出版新書)

 なおTwitterで教えてもらったのですが森先生は7年前に「科学的とはどういう意味か」という本を3日間に分けてではあるものの、マッハ新書と同じ12時間で書き上げたらしいです。全然違うタイプなのに、GOROmanさんと出版社への指摘含め重なるところが結構あるのが非常に面白いと思いました。

 なお、2人とも共通している出版社への意見は、出版社は変わる必要があるし、変わることができることができればチャンスがあると言っている点です。この点に関しては、森先生は最近の書籍で「もう手遅れ」と断じているので、どちらかというと森先生の方が厳しい指摘ですね。まあ、GOROmanさんも同じことを思っていそうですが。

怪盗ルパン伝アバンチュリエの森田先生

 モーリス・ルブラン原作の「アルセーヌ・ルパン」を『怪盗ルパン伝アバンチュリエ』として漫画化している森田崇先生は、Twitterでこんなことをつぶやいていてビックリしました。

 印税って基本10%と思っていたのですが、印税5%で交渉もできない…もちろん全部の出版社がそうではないでしょうが、あまりに酷いですね…ちなみにBOOTHとうサービスを使うと手数料が3.6%なので、印税96.4%です。印税と手数料の逆転現象…

 ちなみに森先生は、印税は出版社と交渉していると何度か公言なさっていますし、具体的な数字も出していますね。

参考:

機械学習業界

 機械学習の世界では、最近は正式な論文誌に載せる前に arXiv というフリーの論文投稿サイトで論文を公開するという流れが発生しています。最新の研究では、研究の進歩のスピードが速すぎるため、論文誌の掲載より即時性のあるarXivの方が注目を浴びるという、ある意味権威の逆転現象が起こっています。Nature紙も、有料の機械学習専門論文誌をやるといって、「ハゲタカビジネス」と叩かれているようです。

 また、機械学習の本では、執筆中の本をドラフト版として無料公開して、読者からフィードバックをもらうという試みが増えつつあります。 「Machine Learning Yearning」とか「ゼロから作るディープラーニング2」もそうですね。

 読者は、早く本を無料で読めるし、作者はフィードバックを貰えるという関係ですね。無料でレビューした読者も、内容が良ければファンになって、本も結局買ったりするという好循環が起こるのじゃ無いかなと思います(もちろんうまくいかないケースもあるでしょうけど)。

 こういった、権威の逆転現象とか、β版公開してのフィードバックとかはまさにソフトウェアの世界での話で、マッハ新書と通ずるところがあると思っています。

 特に公開して、多くのプロ以外を含む一般人からフィードバックをもらって製品を修正していくという流れは、正にOSS(Open Source Software)開発と同じプロセスですね。出版社のプロの編集者による校正無しで、本当に書籍としてのクオリティが保てるのか?という議論は、まさにプロプライエタリなソフトウェアとOSSの開発手法を分析した「伽藍とバザール」の内容をなぞっているようで中々興味深かったです。「伽藍とバザール」は以下で日本語訳が読めますので、興味ある方はご一読下さい。短めですので、サクッと読めます。

The Cathedral and the Bazaar: Japanese

 また、開発手法という点では、一部のウェブ出版では、以下のようにGitHubを活用した編集が行われているらしいです。これはある意味企業のOSS活用と捉えることもできそうですね。出版業界でこのようなことをできる人がどれだけいるのかは分からないですが。

note・BOOTHといった新たなプラットフォームの台頭

 書籍のデジタル化によって、出版社の競合として出版社以外の流通の方法が増えたというのも重要な点ですね。Kindleは印税70%という話がありましたが、noteなら85%程度(条件により変動)、BOOTHなら96.4%です。音楽と一緒で、もう本が大量に売れるという時代でもないので、こういったサービスでニッチを狙っていった方がある意味健全なのかなという気もします。

 例えば出版社の印税が森田先生が提案受けた5%として、1000円の本を売ったとすると1冊あたり50円。今や2,3万冊でベストセラーというくらいらしいので、50円x2万で100万円。たとえベストセラーになったとしても100万円です。

 一方、GOROmanさんは、BOOTHで1330冊売ったらしいので、1000x0.964x1330=128万円

 なお、GOROmanさんはマッハ新書で得たお金、全てを自分以外のチャレンジしている方への応援に使っています。凄い!

 もちろん、紙の書籍でベストセラーになるということに、お金以上の価値を見出す人も多いとは思いますが、そういう人の割合も今後どんどん減っていくのかなとは思います。

 また、noteやBOOTHだと、自分で企画から営業まで全部やらないといけない(コンテンツ制作だけやればよいわけではない)辛さはありますね。逆に言えばこれらができる人は今後は出版社を必要としないのだろうなと思います。

まとめ(書籍がソフトウェア化するということ)

 これらの流れって、GOROmanさんが言っていたように「出版業界がソフトウェア化している」ってことなのかなと思います。マッハ書籍のムーブメントも、その流れがたまたま大きく顕在化しただけで、マッハ書籍は収束したとしても、このような流れは今後何度も起こるのだろうなと思います。マーク・アンドリーセンが「Why Software Is Eating the World」というエッセイで言ったように、あらゆる業界はデジタル化、ソフトウェア化していくのじゃないかなと思います。

 マスに向けた本の需要とまだありますし、当分は住み分けは可能と思いますので、出版社もいきなり潰れることはないとはないと思いますが、このままいけば徐々に衰退していくのかなという印象です。テレビとネットの関係にも似ているかもしれませんね。

 自分自身はというと、人工知能で今まで1度も書いたことない小説書いて有料noteで販売していたりするので、ある意味マッハ新書と別のベクトルでヤバいかもしれませんね。

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参考リンク

WEEKLY人工無脳【第5号】(2018.4.30~5.6) - WEEKLY人工無脳